とびだせ!セイセキZINE Vol.2 キノコヤの「映画『春原さんのうた』上映会」-キノコヤが紡ぐセイセキの文化。“映画の世界”に触れてみる-

とびだせ!セイセキZINE Vol.2 キノコヤの「映画『春原さんのうた』上映会」-キノコヤが紡ぐセイセキの文化。“映画の世界”に触れてみる-

2025年7月26日(土)、大栗川のほとりのカフェ&バー「キノコヤ」に続々と人が集まっていた。セイセキZINEのリアルイベント「とびだせ!セイセキZINE」の第2弾として、映画『春原さんのうた』が上映されるのだ。

セイセキZINE #1にも登場した黒川由美子さんが店主の「キノコヤ」は、飲食店としての営業に加え、上映会やライブ、ワークショップなどのイベントも定期的に開催しており、今回の「“映画の世界”に触れてみる」をテーマとした上映会イベントの会場となった。

『春原さんのうた』は杉田協士監督による2021年の長編映画で、歌人・東直子さんの第一歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)表題歌が原作。第32回マルセイユ国際映画祭 インターナショナル・コンペティション部門で日本映画初となるグランプリ、最優秀俳優賞、観客賞の三冠に輝くなど、国内外で高い評価を得ている。深い喪失を経験した若い女性・沙知の新しい生活、そして沙知を温かく見守る周囲の人々の姿が描かれている。

実はこの映画、聖蹟桜ヶ丘と深いつながりがある。杉田監督は多摩市出身、原作の東さんも多摩市在住。ロケ地には聖蹟桜ヶ丘の風景が登場し、キノコヤも沙知のアルバイト先として映画の舞台となっている。そんなゆかりある場所での上映ということで、この日も暑さに負けず多くの人が足を運んだ。

満席と猛暑の影響で、上映会場となった2階の冷房はなかなか効かず、上映前に急遽うちわが配られる場面も。映画館とはひと味違う、リラックスした鑑賞環境がキノコヤらしい。上映が始まりスクリーンにキノコヤの風景や由美子さんが現れると、まるでデジャヴのような不思議な感覚に包まれる。

第1部上映後のトークセッションには監督の杉田協士さん、出演者の深澤しほさんが登壇。杉田監督は世界各国の映画祭を巡った際のエピソードを披露した。どの国でもなぜか、鑑賞した人たちが「自分の話」を語ってくれることが多かったという。ニューヨークの映画祭では司会が話しているうちに涙ぐむという出来事もあった。もう会うことのできないパートナーの不在や、大きな喪失を感じる沙知の姿に自分を重ねた人、沙知を取り巻く人々の温かいやりとりや新しい出会いに希望を感じた人……この日も、鑑賞した方それぞれに様々な思いが引き起こされたに違いない。静かで穏やかな時間ながら、心を強く揺さぶる力を持つ映画だと感じた。

劇中には、キノコヤの2階で深澤さんがつっかえながら台本を読むシーンがある。読んでいるのは、杉田監督の恩師でもある劇作家・如月小春さんの脚本の一節だ。撮影時の深澤さんについて「何度でも同じようにつっかえながら読んでくれました」と監督が明かすと、客席には驚きの表情が広がった。

劇中では沙知がナポリタンを食べるシーンが印象的で、上映後の営業ではもちろんナポリタンの注文が続出。可愛らしいお皿に盛られたナポリタンは普段のキノコヤでも人気の定番メニューだが、この日はなんと杉田監督自ら鍋を振るう贅沢な一皿となった。同じく劇中で沙知たちが頬張る大きなどら焼きにちなみ、セイセキZINE #7で紹介した和菓子店「花鳥風月」のどら焼きも登場。上映作品にちなんだ特別メニューとともに映画の余韻に浸る、「観る」だけではない映画の楽しみを味わうことができた。

上映後に監督と気軽に交流できることもキノコヤ上映の醍醐味だ。ケチャップの甘い香りがただよう中、映画好きな若者たちが目を輝かせて語り合っていたのが印象に残っている。もちろん、映画に関係のないおしゃべりも、お酒やコーヒーを片手に大いに盛り上がった。

杉田監督の言葉で印象に残っているのは「映画は実はライブ」ということ。変わることのない映像が、上映される場所や時代によって「その日だけの映画」になっていく。この日訪れた人々も、ここでしか味わうことのできない特別な体験を胸に帰路についたことだろう。

キノコヤは小さなお店だからこそ、思わぬ出会いに満ちている。最近では編み物好きが集まるニットカフェや、2階を開放した“漫画喫茶キノコヤ”など、さまざまな形での営業も人気だ。聖蹟桜ヶ丘で映画のようなひとときを過ごしたいなら、ぜひキノコヤのドアを叩いてみてほしい。

キノコヤ
多摩市関戸4-34-5
日曜 12:00~18:00
火・水・金・土曜 15:00~22:00
※月・木曜休み
※映画上映、イベント、ワークショップなど開催の際や、季節によって営業時間に変更があります。SNS(Instagram:@kinokoya96)でご確認ください。